J'adore -3ページ目

45 夏の恋人12=恋する香

bara1

桧垣とゆったりとした朝を過ごし、自分の部屋に戻った。


いつもの部屋の白い壁とシンプルな木のダイニングテーブル。


きれいに片付けられたキッチン。


とても落ち着いた。


それなのに、自分の何かが欠けていると感じるのが不思議。


カップボードから白いティーカップを出して、カモミールティーを入れる。


薄い金色とアップルにも似た優しい香が広がる。


小さなため息をついて、レースのカーテンを開いて庭をみつめた。


夏の終わりを告げるようなセミの悲しい鳴き声が聞こえる。


イランイランのアロマオイルをランプの上の小さな白い皿に4,5滴たらした。


部屋の中に広がる熱帯の甘い花の香。


このアロマは恋する勇気をくれるのだという。


ただ、使いすぎると効果がなくなる。


だからカオリも、たまにしか使わない。


魔法はめったに使わないのが『いい魔女』だから?


今は魔法を使いたい。


自分がワクワクするような、恋がしたいと思っているから。


イランイランの香の魔法で、きっときっと夏の終わりに恋を手に入れる。


「あなたが好き」


目を閉じて、桧垣のことを思った。


恋する魔法は成功しつつある。


カオリは、自分の口元が微笑んでいるのを確信した。 



44 夏の恋人11=ベルガモットは別れの香


朝のマーマレードはカオリをシアワセに変えた。


アールグレイの紅茶が、思いもかけずに上手においしく入ったことに感動した。


きれいなオレンジの液体が、自分の口の中いっぱいに広がって


ベルガモットの香が、まだ残っていた恋の未練を断ち切るかのよう喉の奥から胸に広がる。


よく焼かれているトーストにたっぷりとマーマレードを乗せてゆっくりと味わう。


白いカップの中の紅茶のオレンジ色はなん美しいんだろう。


透明感のあるオレンジの液体の美しさを改めて知る。


最後までストレートで4杯もおかわりをした。


朝の時間をこうやってゆったりと過ごすのは何年ぶりかしら?


桧垣とならば、素顔で髪も少し乱れて、裸にバスローブをはおり裸足で、こうやっててもなんだか自然なのだ。


「わたし決心したわ。」


「何を?」


「マーマレードを好きになる。」


「嫌いだったの?」


「正直あんまり好きでなかったけど、心から好きになりそうよ。」


「他のジャムが好きだった?」


「そうね。ブルーベリーとか桃のジャムとか。子どもっぽいわ。」


「ぼくはマーマレードが好きなんだ。甘くてせつなく苦い。」


「わたしもやっとわかってきた気がする。」


「かもしれないね。」



43 夏の恋人10=マーマレードの香の朝に

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薄く白く明けていく朝の光が、優しくカオリのまぶたをくすぐっていた。


裸の肩にあたるシーツの冷たさが心地いい。


もう少し目を閉じていたくて、窓と反対方向に寝返りを打つ。


そこにいるはずの桧垣の背中がなかった。


手を当ててみると、まだ少し彼のぬくもりが残っていて、体の窪みはそのまま残っている。


そう、結局、二人は夜を一緒に過ごした。


蛍が森の中へ頼りなく消えていくのを目で追いかけて、


太陽が山の麓へ沈み、月が明るく輝くのを待って、


ただ木々の香りに抱かれて、桧垣の肩に自分を預けて大きく空気を吸った。


ざわめいていた心が穏やかになり、素直になっていくのを感じていた。


カオリの心の中の高見の姿は、だんだんと薄くなって陽炎のように揺れている。


息を大きく吸い込んで、フッと吐くと煙になって消えていくイメージを想像すると、本当に消えた。


「何を笑ってるの?」


「心が生まれ変わった気がしたから。」


意味がわからないとでも言うような表情をした桧垣は、それ以上は聞かない。


「冷たいTomatoのスパゲテッィでも食べに行く?」


「いいわね。あの店のフライドごぼうステッィックも食べたいわ。」


「夏の香りを満喫するか?」


「わたしのことも満喫して・・・・・。」


「朝まで食べていい?」


「朝も一緒に。」


そして今朝、こうやって桧垣の部屋で目を覚ましている。


トーストの焼ける香と共に苦味のある甘い香、マーマレードジャムが香る。


そしてエスプレッソの濃厚な香。


寝室の隣のダイニングで桧垣の動く気配がする。


椅子にかけてあったバスローブを腕を伸ばしてとって、はおり軽く前の紐をしばる。


壁際の小さな鏡で自分を確認した。


ノーメークの顔は、少し元気ない感じだけどアンニュイでいいかもしれない。


髪の乱れだけは右手でサッと直す。


フローリングの上を裸足で歩いた。


「おはよう。」


桧垣はベーコンを炒めていた。


カオリの好みの八枚切りの全粒粉入りのトースト。


バターは無塩バター。


すでにトーストは4枚分焼いてあって、半分に切ってナプキンをかけて立ててある。


白いカップとティーポット。


たぶんアールグレイの紅茶の準備もできている。


「そろそろ起きるかと思って用意してたよ。」


首が少し緩んだ感じの白いTシャツに紺のショートパンツの桧垣が振り返った。


彼のトーストに負けない色の黒さがおいしそう?


「マーマレードは嫌いだった?黒いパンにはたっぷりかけて食べるのが好きなんだけど。」


「そうね。苦さの後にすっぱさと甘さが半分ずつやってきて、夏の朝にはいいかもしれない。


まるで恋のようね、マーマレードって。」


「朝からまた謎々かい?二日酔いも残ってないんだ。」


「いつでもクリアよ。あなたとなら。」


カオリは桧垣の瞳をまっすぐに見れる自分を誇らしく思っている。


マーマレードで始まる朝はいいかもしれない。


「いい顔してるよ。」


桧垣の言葉が素直にうれしかった。

42 夏の恋人9=迷い螢

夏の山


「どこに行くの?」


そう聞きたい気持ちをカオリは我慢している。


いつもの桧垣と違って、ただ沈黙の時間が続く。


ゆるやかな坂道は、だんだんと細く急になってきたかと思うと林の中の広い道に出た。


緑の色が濃くなってくる。


杉の香り、針葉樹の森の中にいた。


たぶん1キロ以内に民家はない。


少しこわいような静けさで、夜が近づいてくる。


桧垣は何にもない空き地のようになったところで車を停めた。


「何?」


それだけしか質問できない。


急に抱きしめられて、それ以上続きは言えない。


「オレのこと好きか?」


「好きじゃなければ、ここまで来ない。」


「そうか。」


桧垣に抱かれながら、森の中を弱々しく飛んでいる蛍をみつけた。


仲間からはぐれてしまって、水のある場所もわからなくなって彷徨っているのかしら?


森の奥深くに、その小さな灯火はゆっくりと消えていく。


カオリの心も、その蛍と同じ。


今にも消えそうな恋。


行方のしれない恋。


どこにあるのかわからない愛。


ただ静かに時は流れていく。


二人は離れるきっかけをみつけられずに、ただ抱き合ってお互いを確認していた。



41 夏の恋人8=彼女がスープを作る理由

furenti

もう暗くなった海辺を一人でドライブする。


今はすでに静かになった波の音と潮の香りと「tahiti80」のフランス語なまりの英語の曲。


エアコンをつけていない車の中の中途半端な暑さにぴったりだと思う。


会った後に寂しさが残る、そんな時間は不必要なことはわかっている。


別れる前にミネラルウォーターを飲んだ。


生ぬるい、その温度に無性に腹が立った。


高見にもイライラしていた。


もう昔のように、彼の突飛な行動にドキドキしたりときめいたりできなくなっている。


「将来の事なんか考え始めたら、恋は終わりよ。」


自分が誰かに言ったっけ?


その通りよ、恋は終わりね。


カオリはスーパーによって、買い物をする。


たまねぎ、小さめのもの。


ベーコン、にんじん、じゃがいも、しめじ。


そして飾り、いえいえポイントに香菜。


暑い夏なのに、スープを飲みたくなった。


材料を大きめに刻んで、まずは玉ねぎから炒める。


ゴールドの色になるまで弱火でゆっくりと炒める。


ベーコンもよく炒めて、他の具材も炒める。


ブーケガルニを入れて、チキンブイヨンと共に水を入れて煮込んだ。


その間もアクを丁寧に取る。


鍋のそばを離れずに、一心不乱でアクをとった。


ダメな恋は、このアクのように捨てなくてはいけない。


カオリはいつも、恋の終わりにこうやってケジメをつける決心をする。


スープがきれいに透明になった頃、たいがいなぜだか心がすっきりとする。


澄み切ったスープは金色をしている。


いい香がしてきた。


そろそろいいかなと思った頃、香菜を刻む。


バンコクのむし暑い夜をマンゴスチンの香と共に思い出す。


スープを大き目の白い皿にたっぷりと注ぎ、香菜をたっぷりとふりかけた。


「完了。」


もう高見との恋も完了。


このスープと共にカオリの記憶の中に溶け込んでしまう。


「いい味だったわ。」


思い出になってしまう。


40 夏の恋人7=心に降る雨

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梅雨の終わりを告げる雷を、一色と二人で聞いていた。


カオリの白い胸の上で一色は安らかな寝息を立てている。


彼の右手とカオリの左手はしっかりとつながれている。


一色の男にしては長い睫毛をみつめる。


それにしても・・・・。


カオリは彼の気持ちがわからない。


そして、自分のパートナーとして求めていたのは彼ではないこともわかってきた。


彼はまるで漣のように、近づくとササーッと波間に遠く姿を消そうとする。


もう少しで届きそうで、たぶん、いえ絶対にカオリの気持ちは届かない。


『好きだよ 』、という言葉がこんなに悲しく聞こえたこともなかった気がする。


一色がつないでいる右手を離して、窓に向かって寝返りを打った。


彼の日に焼けていない白い細い背中をみつめていると、涙が出てくる。


彼にはわたしを託せない・・・・・・・?


まだ、雷は遠くで鳴り続けている。


窓の外に見える海は、白い波飛沫を高く上げていた。


沖にたたずむ石ノ上で一人で取り残されているように感じた。


実際、カオリは一人でベッドの上に存在していた。


一色も一人で存在している。


二人はかすかにリンクしかけているが、現実にはまじ合っていない関係?


ベッドから起き上がり、雨の音を聞きながらシャワーを浴びる。


雨はやみそうにない。


バスルームのブラインドを上げて、雨をみつめた。


ガラスをすべり落ちる雨滴を右の人差し指でたどった。


突然雷が鳴って、不安そうなカオリの表情がガラスに映る。


ダメ・・・・・。


夏の終わりは、恋の幻の終わりを告げる。


今バスルームで少し泣いてみようと思った。


一人でカオリは少しだけ泣いた。



39 夏の恋人6


今年の梅雨明けを思わせるような荒々しい雨が降った。


遠くで雷が何度も鳴るのを聞きながら、冷たいミントティーを飲んで新聞を読む。


リビングの窓にたたきつける雨をみつめながら、今日は家にいようと決めた。


本当は桧垣との約束があった。


隣の町でダンスのリサイタルを見て、ブランチに行く。


夕方からの予定は決めていない。


お気に入りのビストロでワインを飲みながらTomatoの冷たいパスタを楽しむか、


ホテルのラウンジで胡桃を食べながら、フローズンダイキリで乾杯するか、


とにかく二人で夜まで過ごすことになっている。


だけど、雨の大きな音を聞いたとき、カオリは昨日の高見を思い出していた。


びしょぬれの子犬のような彼が傘を差して自分のところへ戻ってきたとき、


大切な宝物が戻ってきたようなうれしさを思い出した。


そして、高見は今の自分にとって宝物そのものだということを知った。


だから、雨の音を聞いたとき、二人で歩いた街での時間に戻ってしまう。


こんな気持ちのままでは桧垣とは会えない。


桧垣の好きな自分ではないから、がっかりさせたくないという気持ちもあった。


カオリはわざと忙しく部屋の片付けなんかをして約束の時間を忘れようとした。


約束の時間が過ぎて30ほどして携帯が鳴る。


「今どこなの?」


「家にいるわ。」


「なぜ?」


「朝起きたらすごい雨だったから、もう出て行けないと思って、また寝てしまってたの。だから今からお化粧してたら2時間くらいかかるわ。」


カオリはウソをついた。


「今日は、もう会えない?」


「なんだかそうね、運転して出てく元気がないかも。ごめんなさい。」


昨日の一色との雨の時間がなければ、桧垣と会いたいと思っていたはず。


今日会わなければ、またしばらく会えないこともわかっている。


「わかったよ。雨の運転は確かに危ないからね。無理しないほうがいい。」


「ごめんなさい。」


「気にしなくていい。後でまた電話して。」


リサイタルが始まるのだろう、ザワザワした人の気配を電話越しに感じた。


麻のスーツをさりげなく着こなして、背筋を伸ばしてドアの向こうに消える桧垣を想像できる。


今日、彼と会うために準備した水色の花柄のワンピースを眺めた。


ちょっと寂しげにワンピースがエアコンの風で揺れた。


カオリの気持ちも少し揺れている。


計算できなくなっている。


恋の計算は、うまくできない、いつまでたっても。






38 夏の恋人5

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生暖かい風が吹いてきたかと思うと、まるでスコールのような大雨になった。


「困ったわ、傘がない。パーキングまで遠いけどタクシー呼ぶほどの距離でもない。」


しばらくやみそうにもなかった。


雷まで遠くで鳴っている。


「わたし今夜はお店に帰らなくてはいけないの。濡れてもいいかな~。」


カオリは決心を決めていた。


7分ほども歩けば、自分たちの車のあるパーキングに着くだろう。


レースのスーツはびしょぬれになるけれど、少し暖かいエアコンでも入れたら乾くかもしれない。


大粒の雨の激しさでアーケードのない通りは針の中にいるように見える。


刺されそうに激しい雨。


「いいよ。カオリさんは待ってて。僕があそこの角にあるコンビニで傘を買ってくる。」


「あなたって雨嫌いじゃなかった?」


「嫌いだけど、そんな嫌いな雨の中をカオリさんに歩かせるわけにはいかないでしょ。


そんなきれいな白いスーツで濡れてしまうと、体のラインが丸見えになっちゃうよ。


だから待ってて。」


高見はそう言うと、500メートルほど先のコンビニまで走って行った。


彼が走る姿なんて初めてみたような気がする。


針のように冷たく激しく降る雨の中を高見だけが走っている。


そして、その姿はすぐに雨煙の中で見えなくなった。


もう二度と帰って来ないような気さえする。


そんな不安な気持ちが少しした。


高見は二人が入っても充分な大きさの傘をさして、ゆっくりと歩いてきた。


そしてカオリの左腕に自分の右腕でをからませて抱き寄せる。


「濡れないように、うんと僕にひっついてて。」


「あなたの腕あたたかいのね。」


高見に肩を抱き寄せられたまま、雨の街を歩く。


このまま、この状態で1時間でも2時間でも歩いていたい。


雨が守ってくれている。



38 夏の恋人4


古い港の風情を残す小さな町に、そのタイ料理のレストランはあった。


カオリはどうしても、今日のランチはそこのグリーンカレーが食べたいと言い張った。


それは高見が人前で汗をかくのをとても嫌うから罰ゲームなのだ。


そう、彼は薄いペパーミントグリーンのコットンのシャツを着ている。


汗をかくのは似合わない素材と色だから、わざと汗をかかすのだ。


そういうカオリも、真夏で暑い午後だからこそ、真っ白のレースのスーツにカレーが散ったら見事なしみになってしまう。


でも、だからこそ、あえてカレーを二人で食べたいと思う。


「カオリさんってイジワルだな。」


「お互いに汗をかくわ。あなただけじゃない。」


「シャツがびしょびしょになるよ。かっこ悪いよ。」


「シャツくらい買ってあげるわ。」


軽くそう言って後悔する。


「シャツが乾くまで、カオリさんと二人でいようかな?」


「いいえ、それなら海で泳ぐ?どこか人のいない海岸で裸で泳ぎなさい。」


どこまでも罰ゲーム。


「カオリさんも一緒に?」


「お望みなら?」


「いつでも挑戦的だな。かなわない。」


少し冷えた空気のまま、二人はレストランのパーキングに着いた。


店の中庭に作られたタイ式のデザインの池に睡蓮の花が咲いている。


扉を開けると、ガムランの音色とお香が漂った。


畳を敷いたようなしつらえになっている一角に二人は座る。


華やかなシルクのクッションと籐の家具がエキゾチックさをかもし出している。


「まずは999(バーバーバー)」


少し色の薄いタイのビールは、さほど苦くもなくビールらしくないところがカオリは好きだった。


「グリーンカレーと生春巻きは外せないでしょ?」


「パクチーかな?」


「ここのはミントだと思うわ。安心して。」


高見はパクチーが苦手なのも知っている。


そこまではいじめないわよ。


「だけど、今日はトムヤンクンもオーダーするわ。アジアのランチを楽しみましょ?」


「何の罰ゲーム?」


「ごほうびよ。」


カオリはサングラスをとって微笑んだ。


胸元で1カラットのダイヤモンドがきらめく。


レースのジャケットを脱ぐと、右腕の付け根にほくろが艶かしく存在している。


「おいしそうだね。」


そのほくろをみつめながら、高見は笑った。


「昨日のマーボー豆腐とどちらがお気に入りかしらね?」


「カオリさん。」


そう言って高見はカオリの目に向かって銃を撃つ真似をした。


「ばかみたい。」


そう言いながらも、少し愛しい。


ほんと、ばかみたい。

37 夏の恋人3


カオリはなぜだかイラついていた。


高見のシトロエンのエアコンが効かないから?


そうではなくて、不自然に明るい高見のテンションが心地悪い。


「昨日はね、四川料理の辛いのを食べたんだ。汗かいたよ。」


「でも、おいしかったんでしょ?」


「そうだね。中辛っていったけど、かなり辛いよ。一緒に飲んだ青島ビールがうまかったね。」


高見は、今度一緒に食べに行こうとは言わない。


理由はわかってる。


昨日、彼が食事を共にした相手とは、その後のアフターもあるガールフレンドだから。


カオリは高見を自分の恋人だとはあえて言ってないから、友人たちからは高見の情報が自然に入ってくるのだった。


昨日、ある友人が昼間のホテルで女性と一緒にいる高見を見かけたと言った。


その女性のだるい表情から、おそらくメイクラブがあったのだろうと想像を付け加えて。


普段は気にもとめないのだけど、なぜだか昨日のたわいない高見の行動が気にかかってる。


ウソをつかれたのが明白だから、くだらなく鬱陶しい。


そして今朝早く電話をかけてきて、カオリに会いたいと言う。


どんな表情で話をするのか見てみたくて誘いに乗った。


いつもと同じ。


「辛い料理の後のシャワーは気持ちいいわよね。」


シトロエンの窓を開けて、夕日をみつめながらカオリは答えた。


わたしらしくないわ。


かっこ悪い。


高見はカオリの意図がわからなくて、苦笑いを浮かべている。


「カオリさんはタイ料理が好きなんだよね。パクチー?」


「そうよ。あなたが嫌いなパクチーがわたしは好きよ。」


「タイカレーで汗をかく?」


「無理しないで。」


言葉が続かない。



高見にとっては、その彼女もカオリもシーンの中のひとコマなのね。