38 夏の恋人5
生暖かい風が吹いてきたかと思うと、まるでスコールのような大雨になった。
「困ったわ、傘がない。パーキングまで遠いけどタクシー呼ぶほどの距離でもない。」
しばらくやみそうにもなかった。
雷まで遠くで鳴っている。
「わたし今夜はお店に帰らなくてはいけないの。濡れてもいいかな~。」
カオリは決心を決めていた。
7分ほども歩けば、自分たちの車のあるパーキングに着くだろう。
レースのスーツはびしょぬれになるけれど、少し暖かいエアコンでも入れたら乾くかもしれない。
大粒の雨の激しさでアーケードのない通りは針の中にいるように見える。
刺されそうに激しい雨。
「いいよ。カオリさんは待ってて。僕があそこの角にあるコンビニで傘を買ってくる。」
「あなたって雨嫌いじゃなかった?」
「嫌いだけど、そんな嫌いな雨の中をカオリさんに歩かせるわけにはいかないでしょ。
そんなきれいな白いスーツで濡れてしまうと、体のラインが丸見えになっちゃうよ。
だから待ってて。」
高見はそう言うと、500メートルほど先のコンビニまで走って行った。
彼が走る姿なんて初めてみたような気がする。
針のように冷たく激しく降る雨の中を高見だけが走っている。
そして、その姿はすぐに雨煙の中で見えなくなった。
もう二度と帰って来ないような気さえする。
そんな不安な気持ちが少しした。
高見は二人が入っても充分な大きさの傘をさして、ゆっくりと歩いてきた。
そしてカオリの左腕に自分の右腕でをからませて抱き寄せる。
「濡れないように、うんと僕にひっついてて。」
「あなたの腕あたたかいのね。」
高見に肩を抱き寄せられたまま、雨の街を歩く。
このまま、この状態で1時間でも2時間でも歩いていたい。
雨が守ってくれている。