43 夏の恋人10=マーマレードの香の朝に | J'adore

43 夏の恋人10=マーマレードの香の朝に

hikari

薄く白く明けていく朝の光が、優しくカオリのまぶたをくすぐっていた。


裸の肩にあたるシーツの冷たさが心地いい。


もう少し目を閉じていたくて、窓と反対方向に寝返りを打つ。


そこにいるはずの桧垣の背中がなかった。


手を当ててみると、まだ少し彼のぬくもりが残っていて、体の窪みはそのまま残っている。


そう、結局、二人は夜を一緒に過ごした。


蛍が森の中へ頼りなく消えていくのを目で追いかけて、


太陽が山の麓へ沈み、月が明るく輝くのを待って、


ただ木々の香りに抱かれて、桧垣の肩に自分を預けて大きく空気を吸った。


ざわめいていた心が穏やかになり、素直になっていくのを感じていた。


カオリの心の中の高見の姿は、だんだんと薄くなって陽炎のように揺れている。


息を大きく吸い込んで、フッと吐くと煙になって消えていくイメージを想像すると、本当に消えた。


「何を笑ってるの?」


「心が生まれ変わった気がしたから。」


意味がわからないとでも言うような表情をした桧垣は、それ以上は聞かない。


「冷たいTomatoのスパゲテッィでも食べに行く?」


「いいわね。あの店のフライドごぼうステッィックも食べたいわ。」


「夏の香りを満喫するか?」


「わたしのことも満喫して・・・・・。」


「朝まで食べていい?」


「朝も一緒に。」


そして今朝、こうやって桧垣の部屋で目を覚ましている。


トーストの焼ける香と共に苦味のある甘い香、マーマレードジャムが香る。


そしてエスプレッソの濃厚な香。


寝室の隣のダイニングで桧垣の動く気配がする。


椅子にかけてあったバスローブを腕を伸ばしてとって、はおり軽く前の紐をしばる。


壁際の小さな鏡で自分を確認した。


ノーメークの顔は、少し元気ない感じだけどアンニュイでいいかもしれない。


髪の乱れだけは右手でサッと直す。


フローリングの上を裸足で歩いた。


「おはよう。」


桧垣はベーコンを炒めていた。


カオリの好みの八枚切りの全粒粉入りのトースト。


バターは無塩バター。


すでにトーストは4枚分焼いてあって、半分に切ってナプキンをかけて立ててある。


白いカップとティーポット。


たぶんアールグレイの紅茶の準備もできている。


「そろそろ起きるかと思って用意してたよ。」


首が少し緩んだ感じの白いTシャツに紺のショートパンツの桧垣が振り返った。


彼のトーストに負けない色の黒さがおいしそう?


「マーマレードは嫌いだった?黒いパンにはたっぷりかけて食べるのが好きなんだけど。」


「そうね。苦さの後にすっぱさと甘さが半分ずつやってきて、夏の朝にはいいかもしれない。


まるで恋のようね、マーマレードって。」


「朝からまた謎々かい?二日酔いも残ってないんだ。」


「いつでもクリアよ。あなたとなら。」


カオリは桧垣の瞳をまっすぐに見れる自分を誇らしく思っている。


マーマレードで始まる朝はいいかもしれない。


「いい顔してるよ。」


桧垣の言葉が素直にうれしかった。