37 夏の恋人3
カオリはなぜだかイラついていた。
高見のシトロエンのエアコンが効かないから?
そうではなくて、不自然に明るい高見のテンションが心地悪い。
「昨日はね、四川料理の辛いのを食べたんだ。汗かいたよ。」
「でも、おいしかったんでしょ?」
「そうだね。中辛っていったけど、かなり辛いよ。一緒に飲んだ青島ビールがうまかったね。」
高見は、今度一緒に食べに行こうとは言わない。
理由はわかってる。
昨日、彼が食事を共にした相手とは、その後のアフターもあるガールフレンドだから。
カオリは高見を自分の恋人だとはあえて言ってないから、友人たちからは高見の情報が自然に入ってくるのだった。
昨日、ある友人が昼間のホテルで女性と一緒にいる高見を見かけたと言った。
その女性のだるい表情から、おそらくメイクラブがあったのだろうと想像を付け加えて。
普段は気にもとめないのだけど、なぜだか昨日のたわいない高見の行動が気にかかってる。
ウソをつかれたのが明白だから、くだらなく鬱陶しい。
そして今朝早く電話をかけてきて、カオリに会いたいと言う。
どんな表情で話をするのか見てみたくて誘いに乗った。
いつもと同じ。
「辛い料理の後のシャワーは気持ちいいわよね。」
シトロエンの窓を開けて、夕日をみつめながらカオリは答えた。
わたしらしくないわ。
かっこ悪い。
高見はカオリの意図がわからなくて、苦笑いを浮かべている。
「カオリさんはタイ料理が好きなんだよね。パクチー?」
「そうよ。あなたが嫌いなパクチーがわたしは好きよ。」
「タイカレーで汗をかく?」
「無理しないで。」
言葉が続かない。
高見にとっては、その彼女もカオリもシーンの中のひとコマなのね。