42 夏の恋人9=迷い螢
「どこに行くの?」
そう聞きたい気持ちをカオリは我慢している。
いつもの桧垣と違って、ただ沈黙の時間が続く。
ゆるやかな坂道は、だんだんと細く急になってきたかと思うと林の中の広い道に出た。
緑の色が濃くなってくる。
杉の香り、針葉樹の森の中にいた。
たぶん1キロ以内に民家はない。
少しこわいような静けさで、夜が近づいてくる。
桧垣は何にもない空き地のようになったところで車を停めた。
「何?」
それだけしか質問できない。
急に抱きしめられて、それ以上続きは言えない。
「オレのこと好きか?」
「好きじゃなければ、ここまで来ない。」
「そうか。」
桧垣に抱かれながら、森の中を弱々しく飛んでいる蛍をみつけた。
仲間からはぐれてしまって、水のある場所もわからなくなって彷徨っているのかしら?
森の奥深くに、その小さな灯火はゆっくりと消えていく。
カオリの心も、その蛍と同じ。
今にも消えそうな恋。
行方のしれない恋。
どこにあるのかわからない愛。
ただ静かに時は流れていく。
二人は離れるきっかけをみつけられずに、ただ抱き合ってお互いを確認していた。