38 夏の恋人4
古い港の風情を残す小さな町に、そのタイ料理のレストランはあった。
カオリはどうしても、今日のランチはそこのグリーンカレーが食べたいと言い張った。
それは高見が人前で汗をかくのをとても嫌うから罰ゲームなのだ。
そう、彼は薄いペパーミントグリーンのコットンのシャツを着ている。
汗をかくのは似合わない素材と色だから、わざと汗をかかすのだ。
そういうカオリも、真夏で暑い午後だからこそ、真っ白のレースのスーツにカレーが散ったら見事なしみになってしまう。
でも、だからこそ、あえてカレーを二人で食べたいと思う。
「カオリさんってイジワルだな。」
「お互いに汗をかくわ。あなただけじゃない。」
「シャツがびしょびしょになるよ。かっこ悪いよ。」
「シャツくらい買ってあげるわ。」
軽くそう言って後悔する。
「シャツが乾くまで、カオリさんと二人でいようかな?」
「いいえ、それなら海で泳ぐ?どこか人のいない海岸で裸で泳ぎなさい。」
どこまでも罰ゲーム。
「カオリさんも一緒に?」
「お望みなら?」
「いつでも挑戦的だな。かなわない。」
少し冷えた空気のまま、二人はレストランのパーキングに着いた。
店の中庭に作られたタイ式のデザインの池に睡蓮の花が咲いている。
扉を開けると、ガムランの音色とお香が漂った。
畳を敷いたようなしつらえになっている一角に二人は座る。
華やかなシルクのクッションと籐の家具がエキゾチックさをかもし出している。
「まずは999(バーバーバー)」
少し色の薄いタイのビールは、さほど苦くもなくビールらしくないところがカオリは好きだった。
「グリーンカレーと生春巻きは外せないでしょ?」
「パクチーかな?」
「ここのはミントだと思うわ。安心して。」
高見はパクチーが苦手なのも知っている。
そこまではいじめないわよ。
「だけど、今日はトムヤンクンもオーダーするわ。アジアのランチを楽しみましょ?」
「何の罰ゲーム?」
「ごほうびよ。」
カオリはサングラスをとって微笑んだ。
胸元で1カラットのダイヤモンドがきらめく。
レースのジャケットを脱ぐと、右腕の付け根にほくろが艶かしく存在している。
「おいしそうだね。」
そのほくろをみつめながら、高見は笑った。
「昨日のマーボー豆腐とどちらがお気に入りかしらね?」
「カオリさん。」
そう言って高見はカオリの目に向かって銃を撃つ真似をした。
「ばかみたい。」
そう言いながらも、少し愛しい。
ほんと、ばかみたい。