J'adore -5ページ目

27 PRISM5

hanabi


よくエアコンの効いた部屋は、まるで水槽の中に入ったような冷たさだった。


手をつないだまま、部屋に入った二人は勢いよく、部屋の真ん中のベッドの上に倒れこむ。


カオリの長い髪が白いシーツに広がる。


白いシーツと赤いワンピースと黒い髪。


そのコントラストとバランスが、なかなかいい感じだ。


カオリは仰向けになって、まずミュールを脱ぎすてる。


そして、まるでマンゴスチンの皮をむくようにファスナーを勢いよくおろしてワンピースも脱ぐ。


カオリの白い滑らかな肌は、ワンピースの下に身につけていた薄いブルーのテディで一層その白さが際立っている。


「ねえ、ここに来て。」


カオリが自分の右側を指差した。


ワインのせいか、甘いラズベリーのような香がしている。


「シーツが冷たくて気持ちいいの。想像した通りね。」


そう言いながら右足を天井に伸ばして、体操のようなヨガのような柔らかい体位でテディから脚を抜いた。


ランジェリーも水色で、薄いレースの縁取りが繊細だ。


「そうやってる姿、なかなか艶かしいよ。」


桧垣は麻の薄いラベンダー色のパンツに黒いシャツを着ていた。


シャツも目の細かいリネンで、肌さわりが思いの他いい。


「しばらく、このまま抱いていて。」


カオリは桧垣の胸の中で小さく丸まった。


桧垣に守られているような気持ちを抱きしめたかった。


桧垣のシャツのボタンをひとつずつ外していく。


日焼けした胸の鼓動が伝わる。


「こんな風にときめく自分はおかしいのかしら?」


「そんなことないよ。いつまでも新鮮な気持ちで出会えてるっていうことは素晴しいんじゃない?」


「もっと、ときめかせて。」


「朝までゆっくりね。」


そう久しぶりの二人の夜、楽しまないと・・・・・・。


26 PRISM4

deza-to


ワインを2本も開けたら、もちろん車は置いていかなくてはいけない。


結局二人は代行運転に、二人が宿泊するホテルまでプジョーを連れて行ってもらった。


「ねえ、わたしたちは歩きましょう。」


カオリが突然提案した。


「いい風が吹いているわ。堀端を歩いて風に吹かれたい。」


カオリは桧垣の腕に自分の腕を絡めて、軽くもたれかかっている。


酔ってはいなかった。


今夜は甘えてみたい。


優しくしてほしい。


わたしをあなたに夢中にさせて。


信号が点滅に変わった。


レモンイエロー色の光が、瞬きをしている。


一瞬立ち止まった桧垣は、その光に照らされているカオリをみつめた。


「何?」


質問の答えは、桧垣のキス。


桧垣の体に押し付けられたカオリの胸の柔らかさが心地よい。


トラットリアで最後に食べたデザートの「洋ナシのブラマンシェ」を思い出した。


ブラマンシェにさじを入れたときに、スプーンの上で震えて口に入れると滑らかに溶けていった。


洋ナシの甘さも、爽やかで白ワインによく合った。


そして、そう、この女(ひと)はワインを飲むといい香りがする。


思わず桧垣はカオリの裸の胸を想像した。


「何を考えていたの?」


「またデザートを食べたくなった。」


「あなたは甘いもの、そんなに得意ではないはずでしょ?」


「違うよ。デザートは君の白い胸。」


「スプーンでは掬えないかも。」


「ラズベリーのソースでもかけて食べてやるさ。」


二人の泊まるホテルが見えてきた。


エビアンを自動販売機で買って、早く冷たいシーツの上で二人になりたいと桧垣も思っていた。




26 PRISM3

furenti


空港から海辺沿いを走り、オーレオリンから瑠璃色に空が変わる頃、二人はお気に入りのトラットリアに着く。


この店の売りは無農薬の野菜を中心とした「精進イタリアン」で、プレートの飾りつけも美しくて楽しめる。


もちろん味も薄味ではなく優しい。


オープンにして30分ほど走ったため、二人とも夏の暑さを思いっきり感じていた。


こんなときは軽い目の赤の冷たいワインがいい。


アペリティフにはチンザノのハーフ&ハーフを頼んだ。


今日の前菜の「夏野菜のコンチェルト」というネーミングのテリーヌに冷たい赤がよく合う。


「僕がいなかったこの1週間に誰かとデートした?」


「男性とお食事したりドライブするのがデートなら何回かね。でも、わたしのプジョーには乗せてないわ。」


「それじゃあ、今日みたいに助手席に乗せてもらえたってことは光栄だね。」


「あなただけ、特別だもの。」


ウソではない、とカオリは自分に言い聞かせる。


桧垣以外の男をプジョーには乗せないと思っている。


それはカオリなりの境界線。


「そろそろワインがなくなるね。次はどうする?」


「白の辛口がいいわ。うーんと冷たく冷えたのがいい。」


ワインとほとんど同時に、ペンネアラビアータが運ばれてきた。


唐辛子のスパイシーな香りとTomatoソースの酸味が食欲をかきたてる。


それと同時に、体の芯が熱くなり闘争心みたいなものが沸いてくるような気がする。


しばらくカオリはペンネと格闘した。


ふと目を上げると、桧垣の瞳が微笑んでいる。


「ほんとに、おいしそうに食べるな~。惚れ惚れするよ。」


「ずっと見てたの?食べてるところを見られるのって、セックスしてるのを見られてるのと同じくらい恥ずかしいわ。」


「急にドキッとするようなことを、君は平気で口にする。」


「キライ?」


「そういうとこが、また僕の好みなんだ。」


いつのまにか二人は、テーブルの上で手を重ねていた。


「わたしの手、熱いでしょ?」


「眠いの?」


「眠くないし、眠らないわ。あなたと一緒にいられるのだもの。」


「そうだね、久しぶりにこうやって会えた。」


カオリは冷たい白いシーツに、早く桧垣と横たわりたいと思い始めている。


ユーカリのアロマスプレーを少し吹きかけたら、たぶんこの眠気も飛ぶに違いない。


桧垣と過ごす時間の記憶はぼんやりとしたものにしたくはないから。



25 PRISM2

sora1


桧垣は待合ロビーの喫煙コーナーで、ゆっくりと煙草をくゆらせていた。


カオリを見ると、すぐに吸いかけの煙草を消して隣の灰皿に捨てた。


「いいね、そのワンピース。」


カオリは赤いシフォンのワンピースを着ていた。


まるでせみの羽のように薄いシフォンでできていて、室内の軽いエアコンにさえ、その生地は揺れてしまう。


素足に黄色と茶のコンビのミュール。


白い肌に赤いルージュが艶っぽい。


「今夜はなんだかrossoな気分だから、このドレスにしたの。


あなたに久しぶりに会えるからかしら。」


「じゃ、そのドレスに合わせて赤いワインでもいかがですか?イタリアンでいい?」


「もちろんOK。チーズのたくさんかかった熱いラザニアが食べたいわ。


そしてアーリオオーリオのパスタもね。オリーブも食べたい。」


「すごい食欲だね。」


「元気になりたいの。」


「充分に元気そうだし、キレイだよ。」


「ありがとう。」


二人はカオリの車まで歩きながら、そんな会話をした。


カオリの最近の愛車はプジョー206CCのアデンレッド。


この車はボタンひとつでクーペからカブリオレに変身する。


このCCの意味はフランス語で「Coup de Coeur=一目ぼれ」


その言葉どおり、カオリは一目見て、プジョー206CCのアデンレッドに惚れた。


そして今でも、この車に乗るときはいつもご機嫌だ。


「今日は夕日に向かって、カブリオレにして走っていいかしら?」


「風が気持ちいい夕方だね。楽しもう。」


ハンドルを握ってサングラスをかけた彼女の頬に、桧垣がキスをした。


カオリは横を向いて、もう一度まともにキスをする。


「お帰りなさい。」


「いい感じのキスだ。」


東京行きの飛行機が飛び立つ音がした。


二人はしばらく、その飛行機をみつめる。


久しぶりの二人の時間を止めておきたい気分になっていた。


カオリのシフトを握る手の上に重ねられた桧垣の手が熱い。







24 PRISM

cafe1

久しぶりに一人で夕暮れ前の海と空をみつめていた。


少し霧が出ている。


カオリは台湾にいる桧垣のことを思った。


「一緒に行かないか?」


桧垣はおとといの電話でカオリを誘った。


たぶん二人で、ホテルの最上階のバーでギムレットとマティーニとワインなんかを飲みながら


飲茶をつまんだら最高に幸せに違いない。


桧垣と過ごすベッドでの時間も、上質なリネンのように快い。


「今は行けないわ。」


なぜか今回は、その魅惑的な誘いに乗れなかった。


「残念だな。じゃあ、秋にロンドンに一緒に行くか。」


「秋のロンドン。テームズ川下りしてフィッシュ&チップスに思いっきりグレービーソースかけて食べたいわ。」


「いいね。冬の前のランズエンドの寂しい海までドライブもしよう。」


カオリは真冬のランズエンドを一人で見た悲しい日を思い出した。


グレートブリテンの最北端で強い風に吹かれながら、深い紺色の海をみつめた。


ひたすら一人で地図を片手にオペルの紺色のベクトラを飛ばした。


寒くて、風が強くて、自分がここにいなくてはいけないわけもなく悲しくて泣いた。


「あなたといるのならランズエンドは悲しくないよね。」


「君を暖かくしてあげるよ。」


「帰りはいつ?」


「5日後かな。少し香港にも寄ろうと思うんだ。」


「じゃあ、空港に迎えにいくわ。あなたの元気をもらいたいから。」


「僕は君に元気にしてもらいたいよ。晩は二人でいよう。ずっと愛し合う。いいかな?」


「あなたの好きなベルガモットの香りのバスに一緒に入りましょう。その続きは気分次第。」


週末は桧垣と過ごす。


桧垣の好きな自分でいよう。


そんなことを思う反面、沈む夕日のオーレオリンなオレンジを見ると一色のシトロエンエグザンティアを思う。


スパイシーな恋。


優しい恋を続けるには、必要なイタズラな時間。


真っ直ぐに進まない光は、思いもよらない色を反射してカオリの心を惹きつける。


不思議な七色の光が閉じたカオリの瞼の中で誘惑をしかけている。




23 風の色・・・・カオリの独白

hikari


心にはいつも風が吹いている。


その風には色がついていて、いつも違っている。


翠色をした風が吹くときは、心は平和で優しくいられた。


蒼い風が吹くときは、勇ましい戦いを挑んでいるような活力があった。


恋をしているときの色は、艶かしく変化する。


うまくいく恋のときは、柔らかなガーネットピンクの暖かい風が吹く。


高見との恋は、そうね、ちょっと危険。


ちょっと気分次第だから、ピンクアバウトイットな色の熱い風。


だから愛し合った後の冷たいフローズンダイキリがお似合いだわ。


塩の辛さで甘い幻影を消さなくてはね。


わたしはほんとは甘い恋なんてしたくないの。


ネグローニのような苦い恋が得意かもしれない。


幸せを期待させるのはやめてほしいから、ジュニパーグリーンの風が吹くのをじっと待っている。


森の中で瞳を閉じて冷たい滝の飛沫を浴びているイメージを抱きしめる。



22 I Wish Your Love 2

ルノー2


オーレオリンな夕焼けは、アユミの目の前に広がって、彼女を手招きするかのように輝く。


紺色のビスコースのワンピースは海からの風を心地よくはらんだ。


ルノーサンクの窓を大きく開いて、6月のシトロンの香を思いっきり車内に入れる。


オレンジの甘く切ない香は、恋する気持ちをますます高める。


今夜は一人でいたかった。


昨夜あんなに泣いたのに、今夜は一人でいることに慣れようとしている。


二人でいることが当たり前になってしまうと、昔の自分に戻れないような気がして怖くなっている。


彼の優しい腕に包まれることに慣れすぎると、一人の体でいることが不自然に感じそうで怖い。


徳永が優しすぎるから、よけいに自分が壊れそうだった。


徳永に抱かれると、なぜあんなに自分は柔らかく自由になれるのだろう。


そんな自分は自分らしくて嫌いだと思いながら、そんな自分を自由にする徳永を愛してしまう。


この夏が終わっても、自分は自分らしくいられるの?


アユミは少し暗く瑠璃色に輝き始めた海辺にルノーを停める。


暖かくなったボンネットに腰を下ろしてサングラスを外した。


首の左側に徳永の唇の余韻を感じてくすぐったくなった。



彼は、うつぶせになったアユミの首にキスするのが気に入っている。


目を閉じて小刻みに震えている表情が好きなのだと言った。


たしかに首から背中の中心に、彼の唇が這っていくと体の芯に甘い痺れを感じて、目を閉じて何かに夢中になっていく。


「いけない人ね。」


目を閉じたまま、アユミは徳永の右手を探した。


二人の合わさった右手と右手はいつしかひとつの線になる。


そして二人も一つになっていく。


カーテンが揺れる音と、つけっぱなしのFMラジオの音楽が二人の甘い時と重なった。


「癖になるかも。」


アユミは危ないと思い始めている。



21 I Wish Your Love

bara1


アユミは今日の現場でのやり取りを思い出していた。


柱の塗装が自分が指定したものとは違う、スエード調ではあってもキラキラした固い感じの塗料で


全く違うテクスチャーであったことが、どうしても許せなかった。


あの陶芸家の作品には似つかわしくない。


自分が指定したメーカーのものと違うもので無責任に塗らせた現場監督が許せなかった。


それにしても、現場の職人の前でおもむろに目を三角にして怒鳴るなんていうのはよろしくない。


自分らしくない行動だった。


結局、塗装はやり直しになった。


しかし、自分の指示の仕方も悪かったことをアユミは後で反省した。




人との距離を上手にとって生きていく方法を覚えなくてはいけないと思う。


あまりにもエキセントリックであると、周りも自分も疲れてしまう。


もう、わたしも若いとはいえないから、上手に生きていかなくては。


アユミは徳永の気持ちがほしいと思う。


「I Wish Your Love」なんて正直に言えたら、どんなに楽だろう。


「いつも僕は君の味方だから。


たとえ、みんなが君の敵になってもぼくは君を守るよ。」


徳永は昨夜、アユミを抱きながらそう言った。


南の海の香がする徳永の胸の中で、その言葉が響いた。


その言葉を信じたい。


「今、わたしはとてもあなたを望んでいる。」


窓を開けると、にじんだ月がアユミをみつめている。


月がにじんでいるのではなかった。


アユミの瞳に涙がにじんでいた。


I Wish Your Love・・・・・・・・・


好き・・・・・・・・



20 恋に落ちないで7


菊池とは、彼の妻からの電話をもらってあれから会っていない。kyoto

今、自分の隣でスティングを飲んでいる高見をもう一度ゆっくりみつめた。


30センチほどの距離が二人の間に横たわった距離。


これはこれで心地よい距離で、この境界を越すのは魅惑的だけれどタブー。


「二人でいても寂しい関係。一人でいれば、いつでも二人になれる。


だけど、どっちがいいのかしら?わたしは二人でいたいわ。」


「好きなんて気持ちは続かないから、結婚っていうのはダメな人間っていると思いますよ。


俺なんかは、たぶんダメなほうだと思う。それなのに寂しいから、誰かを隣に置きたくなってしまうからいけな


い。」


「わたしも、ダメなほうね。たまらなく一人でいたいときは、たとえどんなに好きな人でもそばにいてほしくな


い。そんなから、冷たいんだと思われる。」


「シトエさんは優しい人ですよ。情があるっていう感じで、好きですよ。」


「あ、その好きって冷たい感じだな~。」


「好きは好きですから。」


高見の「好き」という言葉がちょっとうれしい。


「今度は君が何か作って。」


「けっこうやりますよ。豚肉の紅茶煮なんかうまいです。」


「楽しみにしてる。」


二人は残りのスティングで乾杯をした。


「新聞配達の人が来るまでには、お家に帰れるわ。泊まってなんて言わないから。」


「わかってますよ。」


今夜は眠れそうにない。


なぜ、菊池のことなんか思い出したのだろう。


終わりが気に入らない恋は後を引くものなのかもしれない。





19 恋に落ちないで6


なぜだか、シトエの予感は当る。


当ってほしくない予感ほど、自分は予知能力があるのではないかと思うほど確実に当る。


シトエと菊池は初夏の新緑を眺めていた。


少し下のほうから聞こえる小さな滝だろうか?水の流れが爽やかに響く。


息を大きく吸い込むと、今の季節特有のクロロフィルが濃厚なような木々の息吹の馨がした。


二人は隣の県からの帰りだった。


昨夜はその県に浮かぶ島であったレゲェのライブを楽しんで、温泉に少し浸かり


帰りにはきれいではないが、地元の人でにぎわっているセルフ式のうどん屋で昼食をとった。


普段は小食のシトエが、この街のうどんは大好きでお代りをする。


揚げたての野菜やちくわの天麩羅まで食べるのが、菊池には面白く感じる。


おまけに今日はおみやげにと3食分もうどんを買った。


「おいしい?」


茹でたてのうどんに醤油をかけて、たまごを混ぜているシトエに菊池が聞く。


自分は大根おろしをたっぷりとねぎをたっぷり入れたものに、醤油をかけている。


「ここのは大好き。特に、このたまごかけはおいしい。」


そのうどんは滑らかで喉ごしがとてもよいのだ。


やっぱり今日も2杯、少なめではあるが食べてしまっていた。


その帰り道、インターチェンジで車を停めて、山の景色を二人で眺めている。


そのとき、なぜだか今日でこういう旅行をするのは最後になるのではないかと、シトエは感じていた。


山の空気を吸い込んだとき、そういう予感が走った。


シトエは菊池の左腕に自分の腕を絡める。


運転中に日に当っている菊池の左腕は熱い。


「ねえ、来月はどこに行こうか?」


「そうね。京都あたりがいい。」


そう答えながらも、たぶんこれで最後ではないかと確信し始めているシトエがいた。