24 PRISM
久しぶりに一人で夕暮れ前の海と空をみつめていた。
少し霧が出ている。
カオリは台湾にいる桧垣のことを思った。
「一緒に行かないか?」
桧垣はおとといの電話でカオリを誘った。
たぶん二人で、ホテルの最上階のバーでギムレットとマティーニとワインなんかを飲みながら
飲茶をつまんだら最高に幸せに違いない。
桧垣と過ごすベッドでの時間も、上質なリネンのように快い。
「今は行けないわ。」
なぜか今回は、その魅惑的な誘いに乗れなかった。
「残念だな。じゃあ、秋にロンドンに一緒に行くか。」
「秋のロンドン。テームズ川下りしてフィッシュ&チップスに思いっきりグレービーソースかけて食べたいわ。」
「いいね。冬の前のランズエンドの寂しい海までドライブもしよう。」
カオリは真冬のランズエンドを一人で見た悲しい日を思い出した。
グレートブリテンの最北端で強い風に吹かれながら、深い紺色の海をみつめた。
ひたすら一人で地図を片手にオペルの紺色のベクトラを飛ばした。
寒くて、風が強くて、自分がここにいなくてはいけないわけもなく悲しくて泣いた。
「あなたといるのならランズエンドは悲しくないよね。」
「君を暖かくしてあげるよ。」
「帰りはいつ?」
「5日後かな。少し香港にも寄ろうと思うんだ。」
「じゃあ、空港に迎えにいくわ。あなたの元気をもらいたいから。」
「僕は君に元気にしてもらいたいよ。晩は二人でいよう。ずっと愛し合う。いいかな?」
「あなたの好きなベルガモットの香りのバスに一緒に入りましょう。その続きは気分次第。」
週末は桧垣と過ごす。
桧垣の好きな自分でいよう。
そんなことを思う反面、沈む夕日のオーレオリンなオレンジを見ると一色のシトロエンエグザンティアを思う。
スパイシーな恋。
優しい恋を続けるには、必要なイタズラな時間。
真っ直ぐに進まない光は、思いもよらない色を反射してカオリの心を惹きつける。
不思議な七色の光が閉じたカオリの瞼の中で誘惑をしかけている。