26 PRISM3
空港から海辺沿いを走り、オーレオリンから瑠璃色に空が変わる頃、二人はお気に入りのトラットリアに着く。
この店の売りは無農薬の野菜を中心とした「精進イタリアン」で、プレートの飾りつけも美しくて楽しめる。
もちろん味も薄味ではなく優しい。
オープンにして30分ほど走ったため、二人とも夏の暑さを思いっきり感じていた。
こんなときは軽い目の赤の冷たいワインがいい。
アペリティフにはチンザノのハーフ&ハーフを頼んだ。
今日の前菜の「夏野菜のコンチェルト」というネーミングのテリーヌに冷たい赤がよく合う。
「僕がいなかったこの1週間に誰かとデートした?」
「男性とお食事したりドライブするのがデートなら何回かね。でも、わたしのプジョーには乗せてないわ。」
「それじゃあ、今日みたいに助手席に乗せてもらえたってことは光栄だね。」
「あなただけ、特別だもの。」
ウソではない、とカオリは自分に言い聞かせる。
桧垣以外の男をプジョーには乗せないと思っている。
それはカオリなりの境界線。
「そろそろワインがなくなるね。次はどうする?」
「白の辛口がいいわ。うーんと冷たく冷えたのがいい。」
ワインとほとんど同時に、ペンネアラビアータが運ばれてきた。
唐辛子のスパイシーな香りとTomatoソースの酸味が食欲をかきたてる。
それと同時に、体の芯が熱くなり闘争心みたいなものが沸いてくるような気がする。
しばらくカオリはペンネと格闘した。
ふと目を上げると、桧垣の瞳が微笑んでいる。
「ほんとに、おいしそうに食べるな~。惚れ惚れするよ。」
「ずっと見てたの?食べてるところを見られるのって、セックスしてるのを見られてるのと同じくらい恥ずかしいわ。」
「急にドキッとするようなことを、君は平気で口にする。」
「キライ?」
「そういうとこが、また僕の好みなんだ。」
いつのまにか二人は、テーブルの上で手を重ねていた。
「わたしの手、熱いでしょ?」
「眠いの?」
「眠くないし、眠らないわ。あなたと一緒にいられるのだもの。」
「そうだね、久しぶりにこうやって会えた。」
カオリは冷たい白いシーツに、早く桧垣と横たわりたいと思い始めている。
ユーカリのアロマスプレーを少し吹きかけたら、たぶんこの眠気も飛ぶに違いない。
桧垣と過ごす時間の記憶はぼんやりとしたものにしたくはないから。