25 PRISM2
桧垣は待合ロビーの喫煙コーナーで、ゆっくりと煙草をくゆらせていた。
カオリを見ると、すぐに吸いかけの煙草を消して隣の灰皿に捨てた。
「いいね、そのワンピース。」
カオリは赤いシフォンのワンピースを着ていた。
まるでせみの羽のように薄いシフォンでできていて、室内の軽いエアコンにさえ、その生地は揺れてしまう。
素足に黄色と茶のコンビのミュール。
白い肌に赤いルージュが艶っぽい。
「今夜はなんだかrossoな気分だから、このドレスにしたの。
あなたに久しぶりに会えるからかしら。」
「じゃ、そのドレスに合わせて赤いワインでもいかがですか?イタリアンでいい?」
「もちろんOK。チーズのたくさんかかった熱いラザニアが食べたいわ。
そしてアーリオオーリオのパスタもね。オリーブも食べたい。」
「すごい食欲だね。」
「元気になりたいの。」
「充分に元気そうだし、キレイだよ。」
「ありがとう。」
二人はカオリの車まで歩きながら、そんな会話をした。
カオリの最近の愛車はプジョー206CCのアデンレッド。
この車はボタンひとつでクーペからカブリオレに変身する。
このCCの意味はフランス語で「Coup de Coeur=一目ぼれ」
その言葉どおり、カオリは一目見て、プジョー206CCのアデンレッドに惚れた。
そして今でも、この車に乗るときはいつもご機嫌だ。
「今日は夕日に向かって、カブリオレにして走っていいかしら?」
「風が気持ちいい夕方だね。楽しもう。」
ハンドルを握ってサングラスをかけた彼女の頬に、桧垣がキスをした。
カオリは横を向いて、もう一度まともにキスをする。
「お帰りなさい。」
「いい感じのキスだ。」
東京行きの飛行機が飛び立つ音がした。
二人はしばらく、その飛行機をみつめる。
久しぶりの二人の時間を止めておきたい気分になっていた。
カオリのシフトを握る手の上に重ねられた桧垣の手が熱い。