J'adore -23ページ目

Prego3


ある日の明け方、彼女は夢を見ていた。

大きな白いテーブルを囲んで隣には彼がいた。だけど二人の間には微妙な距離がある。決して並んで座ってるわけではない。彼の左隣には顔は見えないが知らない女性がいる。しかも彼に寄り添ってしなだれかかっている。栗色の柔らかいセミロングの髪が彼の肩にかかっている。そして彼の耳元にその女性は何かを囁いている。

彼はうなづいて突然大きな声で笑い出す。
笑い声が止んで、彼が急に振り向き彼女を一瞬みつめた。そして、左隣の彼女といきなり熱い抱擁を始める。音が聞こえてきそうな熱いキス。二人はテーブルの周りの人たち(彼女以外にも何人かがテーブルを囲んでいた)を無視してますます激しくキスをする。

やめてほしい、という気持ちはなく、なぜか冷静に彼女は二人をみつめていた。
その女性が顔を上げると、その女性は彼女自身だった。目をうるませて少し広い目にあいたUネックのセーターの襟ぐりから繊細な鎖骨が見えている。彼と一つになることを期待している目。彼女の指が彼のシャツのボタンを外す。

「わたしだったんだ。」
二人をみつめていた彼女がつぶやく。

後ろ向きの彼の耳元に、今まで二人を見ていただけの彼女が囁く。
「わたしと寝て。」
彼がゆっくりと振り向く。そして今まで抱いていた、もう一人の彼女を優しく離す。
「こっちへおいで」
彼が手招きをする。その動きに招かれた彼女は大きな白いテーブルの真ん中に押し倒される。
「みんなが見ているわ。」
「誰もいないよ。」
ふと気がつくと固いテーブルはいつのまにか白いシーツに変わっていた。
目覚めた彼女はとても彼に抱かれたいと思っている自分に驚きながら、必ず彼と寝るべきなのだわと決心する。

その夜、彼女はたまらくなって彼に低い優しい声で囁く。
「わたしと寝て。」
「僕と寝ることを、想像したことある?」
「してない、というとウソになるわ。」
「想像しながら感じたの?」
「一人で感じてもつまらないから感じないふりをするわ。」
「じゃあ感じさせてあげる。」

ベッドの中で、彼女は彼の肌の感触を確かめていた。背中に指をはわせて首のうしろをなでてみる。彼女は襟足が清潔なイメージの男が好きだから。充分に確かめた後で、彼の左手をつかみ薬指をなめる。
「あなたの味がするわ。」
彼女の胸に夢中になっていた彼が笑う。
「君はなんてHなんだ。」
「キライかしら?」
「Hなほうが楽しいよ。」
sheetsの海に二人のstoryが刻まれる。

Prego2


ホテルの白いシーツの上に一人で横たわるときがとても好き。
彼女はバスルームでシャワーを浴びている彼より一足先にベッドに入り、そのちょっと固い冷たい感じを味わう。誰もまだ横たわってないシーツは乾いた草のような香が切ない。何のシワもない平らなシーツ。この上に今夜はどんな愛を刻むの?
目をつぶって彼のシャワーを使う音を聞く。絶え間なく流れる水の音。できたら、今夜はこのまま何もなく眠れたらいいわ。背中合わせに別の夢を見てもいい。たぶんそんなわけにはいかないのだろうけどね。
彼女は何も身につけてはいない。ホテルで寝るときはいつもそうなのだ。たとえ旅行に行ってシングルルームに一人で眠るときでも下着はつけない。家ではもちろんパジャマを着るのに不思議な癖だと自分でも思う。だから裸で眠るのはとても自然なこと。
ただ彼とホテルで過ごすときには、そのときの気分で選んだオーデパフュームを身に纏う。今夜の香はアナイスアザロの『オー・ラ・ラ』。シャンパングラスを逆さにしたような華やかなボトルに入っている。香は甘く、まるでパーティーの最中のような浮かれている香。本当は彼女の好みではないけれど、少し沈んだ気持ちを明るくさせてくれるような気がして『オー・ラ・ラ』を選んだ。彼と今夜の待ち合わせを約束したときから、なんだか少し落ち込んだ。
「眠った振りをしようかしら?」
彼女は、ベッドサイドのスタンドの光が当らないように枕を沈めて横を向く。少し体を丸めて目をつぶる。
シャワーの音が止んだ。慌しくタオルを使う音。まもなく柔らかい羽毛布団が少しめくられる。それでも彼女はじっとしている。
丸くなっている後ろから抱きしめられた。冷たくなった肩にキス。耳に唇を感じる。やがてたくましい腕がおなかのほうにまわり、その下へと移動してくる。そして、ウエストのあたりできつく両腕で抱きしめられた。
「どうしたの?今夜はイヤなの?」
彼は無理やり彼女を抱こうとは決してしない。
「あなたを待っているわたしが寂しかったの。今夜は特別にシーツが冷たかった。」
「じゃあ一緒にシャワー浴びればよかったのに。」
「違うの。いつもと同じなのがイヤだったのよ。いつから、こういう風に当たり前になったのかしらと考えていたわ。」
「君は何でも分析しすぎるのさ。もっと感情に溺れてもいいと思うよ。」
そう言って彼は彼女を仰向きにして、彼女の目を覗き込んだ。
「ここまででやめておく?」
「どうぞ、やめれるんならやめましょうか?」
挑戦的な瞳で彼女が彼をみつめる。
このままでわたしを帰してくれたなら、わたしはもっとあなたの虜になるわ。体の中の炎が燃え始めるの。たまにはその気にさせて突き放してほしい。
彼女は起き上がって、冷蔵庫のミネラルウォーターを瓶のまま飲んだ。
「ねえ、どっち?帰ってもいいかしら?」
彼は、すぐには答えられない。彼女が何を期待しているのか考えるのだった。


ペリエの思い出1


「ねえ、ねえ、これできる?」
彼女は歩道脇のガードレールの上を、まるで小鳥のようにスキップしながら歩いている。オーガンジーを重ねたような薄いフレアースカートに白いウェスタンブーツ。着古して色があせたGジャンを着ている。夜風と彼女のステップで長い髪が揺れる。
「危ないよ」
彼が止めても聞かないふりをして、ガードレールを踊るように進む。彼の方を見てあどけなく微笑む。
「お嬢様、お手をどうぞ。」
「ありがとう。お言葉に甘えて」
一つのガードレールの切れ目で、やっと彼女は地上の人になった。
「ホブソンズでアイス買ってくれる?イチゴとチーズのやつ」
「かなりカロリー高めだよね。」
「半分ずつ食べようよ。」
「君が食べれなかったら助けるよ。夜中のアイスはちょっと苦手だ。」
彼女は結局一人でアイスクリームを平らげた。口の中が甘いと言いながら。
「今度ね、舞台があるの。わたしの演出で主役もわたしなの。」
彼女は小さい劇団で女優をやっている。脚本、演出も勉強している。そのせいか、彼女は会うたびに不思議な印象を残す。その謎を一つでも解明したいと彼は思う。
「その舞台、見に行くよ。」
「来ない方がいい。」
「なぜ?大きな花束を持っていくよ。」
「あなたと会っているわたしを好きでいてほしいから、想像だけしてほしいの。」
彼にはわからない。彼女が本当に女優で、本当に今度舞台で主役をするのか。
そういえば、彼女について知らないことが多すぎる。
『まあいいか。』
好きだという今の気持ちだけは正直だから。

もう必要ない。。。。。


郊外の道から山へと入る小さな交差点。瑠璃色のきれいなロードランナー。白いパンツに体にフィットした黄色と白のシャツ。ヘルメットはホワイト。まっすぐに前を見ている。
彼だった。
別れてから何年経っただろう。7年?相変わらず自転車でのトレーニングは続けているのね。筋肉をつけるだけでなく、自転車をこいでいる必死な感じが好きなのだと言ってたっけ。その後で飲む缶ビールも大好きだって。今日みたいな寒い日もビールを飲むのかしら?トレーニングを終わった後で会うと、汗が首筋に光っていた。黒い肌に輝く汗はどことなくセクシーで、ランチを食べながら熱い夜を思い浮かべたりしたわ。

昔の彼と比べてどう?けっこういい感じ。今の年齢で会っていたら、もっと優しい関係を続けていられたかもしれないわ。

わたしはどう?あの頃と違う?今のわたしのほうがわたしは好きなのよ。いつでも今の自分を好きでいようと、あなたと別れて決心したから。でもね、わたしに必要なのはあなたじゃなかった。た・ぶ・ん・あなたではないの。

彼はわたしに気づかない。彼とはもう2度とリンクすることはない。思い出は再び現実には戻らないことを知っている。
「彼にとってわたしは、もう必要ないはず。。。。」
『好き』のかけらが、一瞬輝く。

予感7


「どうしたの?珍しいね、君から誘ってくれるなんて。」
「なぜか会いたかったの。どうしても。」
「その花は?」
「ブラックティー。苦い香」
「不思議な色だけど、君に似合ってる。今度花束を贈ろう。」
「この薔薇をいただけるんなら一本だけでいいわ。それが似合ってる花だから」
「そうかもしれない。」

彼女と彼は海岸線をミニで走っていた。夏の名残が消え、虫の声が秋の入り口を感じさせる。二人はミニのエンジン音が快く響いてくるのを楽しんでいる。今頃の季節、それも夜に窓を全開にしてドライブするとミニはとても機嫌がいい。この車は暑いのもキライだし雨も嫌い。まるで誰か(彼女)のよう?
そのまま1時間ほど走り、海辺のハンバーガーショップに着いた。ここのハンバーガーとカンパリソーダを飲むのが彼女のお気に入り。
「鶏肉と野菜たっぷりのハンバーガーと揚げたてのフライドポテトに苦味のあるカンパリなら夜中でも大丈夫。太らないわ」
そう言っておいしそうに食べている彼女を見ているのが楽しい。彼はビールを飲みたいのをがまんしている。ペリエにライムが入ったものを飲んでいる。ペリエの細かい泡が乾いた喉に気持ちいい。ペリエの瓶のグリーンライム色も好きなのだ。
海の香がどこかから入ってくる。暗くて見えないが、すぐそこが海岸になっているから。穏やかな波の音がする。

彼女は彼をメールで呼んだ理由を考えていた。彼と会う前に、別の男と食事をして短いキスをして別れた。キスしている間に、彼と会いたいと思いついていた。何を確かめたいの、わたしは?そういえば、わたしの口紅とれていなかったかしら?ハンバーガーを食べ終わった指先をナプキンで丁寧に拭きながら彼女は気がつく。いつも抑え目の珊瑚色のルージュを使っていたからたぶん大丈夫。

彼は彼女の唇がやけにヌーディーなのに気づいていた。どこか元気がない表情に見える。気になる。だけど聞けない。答えを聞いたら、何が変わるのだろう?二人の関係が変わる?終わる?今は、彼女を失えない。自分の家族と引き換えにもできないのだけれど。どちらも必要。

「今、器の店のデザインを考えているの。焼き物は固いものだけど、柔らかい素材の上で展示したいの。」
「いいね。その対比でますます器に力を感じそうだね。」
「そう。優しいけれど力強い作品の窯元なのね、そのイメージを大切にしたい。」
「ひとつとして同じものはないしね。器とも出会いがある。」
「出会い。人間もそうね。相性のいい音と反響しあうの。お互いがお互いを求めていたって感じ」
「そう思うよ。たとえば二人?」
「どうかしら?」
「初めて見たときから抱きたいと思ったよ。」
「それは肉体的に反応しただけの話じゃないの?」
「それもあるけど、それだけじゃないよ。この人と一緒にいたいと思ったんだ。」
「でも、ずっと一緒にはいられない。あなたには家族がある。」
「それを言われると困ってしまう。どう答えれば正解なのかがわからないよ。」
「今夜は答えなくていい。もう帰りましょう。」
ブラックティーの花が少し開いているせいか香が強くなった。この花は他の薔薇よりも大輪で、開いていくごとに違う表情を見せる。そういうところもわたしと似ている、と彼女は思った。

黙って暗い海を見つめている彼女の手を握り締めると冷たい。
「好きだよ」
彼女は何も答えなかった。


予感6


彼女は彼にねだって、繁華街に露天を出している花屋で一輪の薔薇を買ってもらった。花びらのふちが深緋(こきあけ)色をしたブラックティー。名前のごとく少し苦い目の癖のある香がする。不思議な色合いと香が謎めいて美しい薔薇。
「この薔薇は花束じゃないほうが美しいわ。赤い薔薇だったら花束がほしいけどね。」
「なんともいえない不思議な色合いだね。茶色のような緋色のような。どんな香なの?」
彼がブラックティーを持つ彼女の腕を引き寄せて香ってみる。この薔薇にはけっこうとげがある。
「どう?」
「自己主張の強い香だ。」
「キライ?」
「なんとなく惹かれるよ。今、僕が君を好きなように」
「そうなのかしら?どこか意地悪でしょ、この花。」
「うん、そうかな。」
「わたしみたいでしょ?」
「でも好きだよ。」
いつのまにか繁華街を離れて人通りの少ない道に出ていた。さっき飲んだワインのせいか体が温かい。彼と腕を組んでいるから?彼を好きだから?そう言えば、彼のことを好きだと言った事はなかったっけ。彼はたくさん言ってくれるのに。彼女はそんなことに気がついて立ち止まる。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。風が気持ちいいわね。」
自分の気持ちをごまかすようにブラックティーの香りをかいでみた。やっぱり苦い香り。強い香りに酔いそう。

彼は彼女の腕を引き寄せてキスをする。花が折れないように気をつけながら、彼女も彼の肩に腕をまわす。本当はどうでもいいと考えつつ、舌を絡める。彼の舌が彼女の歯の間に入ってくる。口紅が彼につかないかしら?と彼女は考えていた。
二人の後ろを空車のタクシーが通っていった。今夜はこのくらいにしておこう、と彼女は思う。
「今夜は帰るわ。」
「じゃあ車を拾おう。」
「一人で帰るからいいわ。ここでお別れしましょう。」
「そう。大丈夫?」
「まだ10時だもの、平気よ。」
「わかった。お休み。」

彼と別れた後、彼女はバックから携帯電話を取り出す。登録してあるアドレスから『Ja'dore』というアドレスを選び、メールする。
『会いたいの。今から、すぐに』
そしてもう一度ブラックティーの香りを吸い込み、花びらに口づけた。

Prego=どうぞ。。。。。


カモミールティーの香は彼女をいつも幸せにする。彼の仕事場兼住居であるこの部屋で春の日差しを感じていた。黒い革のソファーの上で少しまどろむ。今日は最高気温17度。リビングの窓のレースのカーテンが揺れている。マンションの前の道から下校する小学生の声が聞こえた。
彼女の前に置かれた背の高いガラスのコップにオレンジ色のガーべラが一輪。
ふと彼女は思う。わたしの鎖骨に水はたまるかしら?考えるとやってみたくなる。おもむろに着ていた黒いコットンのセーターを脱いで、ついでにグレーのタイトスカートも脱ぐ。薄いペパーミントグリーンのキャミソール1枚でも今日の温度なら暖かいわ。
「ねえ」
仕事用の机でWEBデザインの仕事をしている彼に呼びかける。
彼はいきなり下着姿の彼女を見て驚くのかと思うと楽しそうな表情。
「どうしたの?ストリップショー?」
「違うの。試してみたくて」
「何を?」
「このグラスの水をわたしの鎖骨にためることができるかしら?」
「どうかな?やってみないとわからない。」
「わたし自分の体で一番好きなのは鎖骨なの。夏になると鎖骨がもっと強烈にくぼんで影を作らないかと思うの。いつも思ってたんだけど、水がたまるくらいに窪んでほしいって。」
「じゃ、やってみたら?」
「ガーべラのお水を少しもらっていい?あなたがやってみて」
「冷たいかもしれないよ。」
「いいの。お水がたまるのを見てみたい。」
「君の下着が濡れてしまうといけないから裸になろうか。」
「そうね、あなたが脱がせて」
「OK」
黒いソファーの上で裸で座っている彼女の白い肌が春の淡い光の中で柔らかく輝く。彼女は鎖骨をうんと窪ませるために右の肩を前に出してから少し上にした。
「最初は右の鎖骨で試してみて。」
彼はガーべラの花をテーブルに置き、コップの中の水をほんの少しだけ彼女の鎖骨に落とす。彼女の鎖骨にかわいい水溜りができた。
「水はちゃんと溜まってるよ。かわいい水溜りだ」
「ほんと?見てみたい」
彼は洗面にある小さい鏡を外して持ってきた。彼女はそっと自分の右の鎖骨を確認してみる。小さい水溜りがそこに存在した。
「かわいいわ。」
うれしそうに彼を見る。
「鎖骨の水、飲んでしまってもいいかな?」
彼はどうしても彼女の鎖骨にたまった水を飲んでしまいたいという衝動を抑えきれなくなる。
「prego。どうぞ。お好きなままに」
彼女の鎖骨の水を一気に飲み干して、鎖骨のとんがった部分を優しくかむ。
「お仕事は?」
「わざとじゃましてるくせに。悪い子だ。僕はこんなに興奮している。」
彼は横たわる彼女の足の間の部分に触れる。
彼女は笑いながら彼のシャツのボタンを外し始めた。
「今日の仕事急いでいるんだけどな~。」
そういいながら彼はジーパンのチャックを下ろす。この人の気まぐれには勝てない、とうれしい諦め気分をかみしめながら。








彼女が夕日を見に行った理由


このblogの管理人のanimo0109です。
先日、blogを読んだ友人から「なぜ彼女は夕日を見に行ったの?単なる心変わりですか?」という質問をいただきました。

自分は何気なくそういうシチュエーションにしたのですが、果たしてそうでしょうか?やはり夕日でないといけなかったような感じもしました。

登場人物にはモデルはあります。彼女はわたし本人の部分も多いけど違う部分もあるのですが、どうしても一番参考にできるモデルはわたし本人になってしまいますね。

そういえば悲しい恋をしていいるとき、紺色のルノーサンクに乗り一人で海岸線をよく走りました。ルノーサンクは以前のわたしの愛車で、わたしの涙をたくさん知っている友人でした。恋をしていると自分でない部分がたくさん現れます。自分でも驚くような発見があります。でも、そういう自分がいやで『わたしらしいわたし』に戻りたくて冷静になりたいと思うとき、夕方のドライブに出かけました。夕日を追いかけながら、窓を全開にして往復3時間ほどのドライブをすると、少しだけ、ほんとの自分を取り戻します。夕日が沈むときのモーブとオーレオリンな色を見ると、strong womanになれるのです。この彼女も彼との関係を変えようとしています。

最近失った大きな恋はルノーサンクとの別れと共に訪れました。そのstoryはまたblogの中でご紹介するかもしれません。

予感5


彼女はさっきまで自分の隣にいた。快い疲れの余韻で髪を乱したまま、彼の腕に抱かれて目をつぶり、時には彼の腕に口づける。彼の反応を楽しんでいる。
「ねえもう一回しようか?」
いつもなら、いたずらっ子のような笑みで「いいよ」と笑うのに、今日は違った。
「夕日が見たいの、一人で」
彼女は、彼の腕を優しくほどいて窓際の椅子にたたんで置いてあるランジェリーを手に取りシャワールームに消える。洗面室でスキャンティだけを身につけてメークをしている彼女が見える。メークを終えると黒い薔薇模様のキャミソールを身につけガーターベルトをする。彼に見られていることを意識しながらストッキングをゆっくりと上にたくしあげる。ふくらはぎの筋肉がピクッと動く。
彼は彼女をもう一度抱きたいという欲望に再びかられた。
「ほんとにダメ?」
「タイムリミット。夕日が沈むから」
彼女はそう言って急に帰っていった。
どこかで、おそらく一人で夕日を見ている。それとも自分以外の誰かと。。。。?
なぜ今日はこんな風に考えてしまうのだろうと思う。彼女の雰囲気がいつもと違ったから?ベッドの中での彼女はいつもより情熱的だったのに、白いスーツに身を包んだ帰りの彼女はどこか悲しく臆病に見えた。赤いルージュが似合いすぎてウソっぽい。どこかリズムが不釣合い。だが、その原因は彼にはわからない。

冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出す。缶のままで一気に飲む。
夕日は海の中、沈んでしまった。モーブとオレンジの合わさった憂いある空が暗い紺色の海に映っている。窓を開けると潮の香に混じってオレンジの花の香がした。
彼はもう一度ベッドに横になる。彼女が寝ていた窪みに顔を沈める。彼女の香水の香がさきほどの情事を再び思い出させた。この香は彼が彼女にプレゼントしたものだ。ニナリッチのデシデラ。オレンジとフローラルが混じったかわいい遊び心のある香。夏の始まりに生まれる恋をイメージさせる。でも自分たちの恋の行方は?

ある日、彼女のルノーとすれ違った。彼女は彼に思いっきりの笑顔で手を振った。彼は笑えなかった。なぜなら彼の横には妻がいたから。笑顔にならない彼を見て、彼女の笑顔も止まった。
「きれいな女(ひと)ね。」
彼の妻が無感情に言った。
「そうだね。」
彼にはガールフレンドはたくさんいて、よくあることだったが、なぜか不自然に感じる間があった。女はみんな敏感だ。

彼女は初めて彼の家族を意識した。今までだって、妻子のある人と付き合ったことはある。だけど全く気にしたことなかった。だけど、なぜ?今回は違うの?そんなに本気?
「やっぱり」
そう言って彼女はため息をつく。彼とわたしの時間はたまたまリンクしただけ。ほんの一瞬リンクしただけ。無理してはいけないのよ。目を伏せたりするような自分は嫌い。自分を好きでいたい。

予感4


夏の夕日がダイナーの中央に作られた深さが1メートルにも満たない浅いプールの向こうの海を通して見える。彼女はダイナーの中央テーブルに座っていた。天井までの大きな窓。黒みがかったグリーンと柔らかい白の大理石の床。テーブルは黒。デザインはきれいだが細い脚の椅子は少し不安定。

彼女はルートビアーを飲んでいる。root beerはアメリカのソフトドリンク。沖縄に行くと当たり前に置いてあるが、日本のほかの地域ではめったにない。なぜだか、このダイナーにはルートビアーがあり、大きなビアジョッキのようなグラスで提供される。味はビールにはほど遠い。昔、日本でも一時売られていた『Dr。pepper』よりもひどい味。人によると風邪のときに飲む咳止めに石鹸を入れたような味と評価されるくらい日本人にはなじめない味。
彼女も決して、この飲み物が好きなわけではないのに、ここに来るとなぜだかオーダーしてしまう。というよりも、ここに来るときのシチュエーションがそうさせるのかもしれない。

さっきまで彼と共に時間を過ごしていた。夏の暑さよりも熱い時間。
「もっと一緒にいようよ。」
彼は、白いパンプスに足を入れた彼女の後姿に呼びかけた。白い麻のスーツを着ている彼女は凛としている。さっきまでベッドにいた彼女とは別人のよう。赤い口紅。
ドアの前の鏡で服の乱れをチェックした彼女が彼を振り返る。
「夕日を見たいの、一人で。」
なぜだか一人になりたかった。当たり前のこうい時間が不自然に感じ始めていた。白いシーツの心地よい冷たさや、彼がつけているアンテウスの香も自分になじみすぎている。

「これでいいの?」
彼女は自分に問いかけている。
ルノーに乗り、海岸線を走る。エアコンをつけないで45分ほど走り、このダイナーに着いた。ちょうどディナーの前で客は彼女以外誰もいない。よく冷えた空気が気持ちいい。
ルートビアーのこのおかしな甘さは間違った恋の味?反省の意味をこめて思いっきり飲み干す。

「そろそろ」
終わらせるときなのかもしれない。さよならは自分から。いつものように。