夏草をかみしめながら
通りすぎる雲を眺めていた。
雲はいつから、わたしをみつめているのだろう。
わたしのことを覚えてくれているだろうか。
ずっとずっと幼い頃、夏が永久に続けばいいと願った。
夕立に濡れて、玄関先で靴を脱いで、母の差し出すタオルで濡れた髪を拭いた。
せっけんの香、母の白粉の香。
みんな遠い昔。
それなのに、その香は今でも新鮮によみがえる。
雨の降る夏の日は、夏草の香がにおいたつ。
緑の勢いのある強い香が、わたしに勇気をくれた。
乾いた草の中に倒れこんで、通りすぎる夏の日を感じた。
永久に続くと思った夏のある一日は、二度と戻らない。
あの頃、汗をかいて帰った道を、今はもう走って通ることもない。
夏草の香に包まれることもない。