51 なつかしい指
夏の昼下がりのカフェはにぎやかな女たちの声であふれている。
アユミは入り口近くの4人がけテーブルで友達を待っていた。
この店は、最近やっとこの町でもはやりかけているマクロビオテックの店で、
オーガニックにこだわったベジタリアンの料理とコーヒーを売り物にしている。
オーナーは40代後半の女性で、カウンターの中の小さな厨房で忙しくランチプレートを作っていた。
まるで鳥肉のような大豆ミートを使ったカレーとバルサミコのドレッシングであえたサラダに
玄米ご飯と野菜コンソメのスープ。
どれも優しい味付けで、疲れた夏の体にはピッタリだ。
奥の窓にしつらえた長いカウンター席からはあたり一面に広がる田園風景を眺めることができる。
もしも一人だったら、その席のほうが楽しいだろう。
窓の下から続く緑のグラデーションは、ひとつとして同じ色はなく、はるか山並みまで広がる。
そのとき、アユミはある一人の男性の指に目が止まった。
どっしりとしたデュラレックスのグラスを左手で囲むように持つ癖。
徳永だった。
彼の目の前にはオーガニックのアイスコーヒーとモンブラン。
彼は誰か女性と来ているらしかった。
そんなに会ってないわけでもないのに、彼の指がなつかしいと感じる。
その指は、二人で会っているときは、いつもアユミの手の上に重ねられている。
「離れていないことを実感したいから。」
徳永ははにかみながらそう言った。
だから、こんなに近くにいて二人の指と指が離れているのが不自然に感じる。
それでもアユミは徳永に声はかけない。
彼の背中の緊張感から、彼女の存在には気がついているはずだ。
アユミはただ、彼の指がなつかしいだけ。
でも、その指に触れられたいと望んでいる彼女も存在していた。
目の前のグラスに、徳永の背中が写っている。
「振り向かないで。」
アユミはなぜか、そう願った。