49 最高のキス | J'adore

49 最高のキス



「別れるときもわたしたちには雨がついてくるのね。」


カオリと一色はビルの13階にあるレストランに来ていた。


冬の終わりで春の始まり。


そんな日の午後、二人は別れようとしている。


お互いにそれを望んでいたが、結局最初に口にしたのは一色のほうだった。


そして、はっきりと確信するためにこうして雨の降る街を眺めながらブランチをとっている。


誰も乗る人のいない観覧車が寂しそうに濡れていた。


カオリはこんなに寒くなければ、最後に一色と二人で観覧車に乗りたいと思う。


二人して最後に街を見下ろして、最後のキスをする。



でも、毛皮のコートなしでは歩けないくらいの寒さの中では、さすがにそんなことは口にできない。


もう自分の恋人をやめようとしている彼に向かって、そんなワガママは言えない。


窓にたたきつける雨のラインを黙ってみつめた。


「好きな女(ひと)ができたんだ。だからカオリさんには正直に言いたかった。」


一色は水の入ったグラスを撫でながら言う。


「カオリさんの心は僕になかったから。違う?」


「そうかもしれない。いえ、そうだった。あなたをいつも信じてはいなかった。」


「信じてなかった?」


「そう。いつも不安で寂しくて、あなたに会うたびに悲しかったの。自分に自信が持てなくて悲しくてどうしようもなく不安で。」


「僕が若いから?あなたに対する気持ち、ウソはついてなかったよ。あなたが好きだった。」


「過去形ね。今は好きな人ができたのね。」


「あなたにはあなたの時間がある。そして、あなたにはあなたらしくさせてくれる人がいる。そして、ぼくもそういう女(ひと)をみつけた。」


カオリは一色の目を見た。


ウソではないと思う。


一色はカオリの代りにカオリの気持ちを代弁してくれている。


「最後に最高のキスをして。お別れの記念に。」


「ダメだよ。そんなことしたら別れられない。忘れられない。」


「そうね。愛してもいない女(ひと)とキスすることはないわ。」


言いながら、カオリは泣きそうになっている。


「別れるときに最高のキスをプレゼントしようと思ったけど、飛んだ思い上がり。」


「キライになったわけではないよ。」


「好きじゃないんなら、わたしを忘れて。」


グラスに残る赤ワインをカオリは飲み干した。


まだ少し若いイタリアのワインのフレッシュな苦味が広がる。


もう、ここに自分が存在する意味はなく感じた。


彼を解放するときが来た。


彼にも彼の時間がある。