47 光る雲に
ふと見上げた空には、思いがけない大きな白い雲が浮かんでいた。
夏のたくましさ、勇気を感じる雲が湧き上がっている。
カオリは運転しながら、実は別れた高見のことを考えてしまっていた。
夏のまぶしい日差しがいけないのだ。
去年の夏の午後、日焼けなんか気にしないで、窓を開放して海辺をよくドライブした。
カオリの右腕だけ、小麦色をしていた。
高見のシトロエンの右の席に座ることが多かったから。
それなのに今年のカオリときたら腕も顔も、夏を感じさせない白さのままだ。
桧垣と裸のまま、ホテルの部屋のドレッサーの鏡の前に立ち、肌色を比べた。
「まるでオセロだね。」
カオリの胸に左手を伸ばして覆って、桧垣が笑った。
「そういうあなたこそ、歯だけが真っ白?」
「オトコの色黒は七難かくす?」
「あなたに難なんてあったかしら?」
「いつも君に会うときは努力してるんだよ。」
二人は腕をからめてミネラルウォーターを飲んだ。
桧垣は口に含んだ水を鏡を見ながら、カオリの鎖骨の窪みにこぼした。
窪みに治まりきらない水が、キラキラとブラケットの光に反射しながら床に落ちた。
水が肩から胸に落ちて、腰を伝わる。
その冷たさが快感となる。
カオリは首を斜めに向けて、桧垣とキスをした。
そんな昨夜の風景を思い出す。
光る雲に向かって少し車を走らせようと思う。
エアコンを切って窓をオープンにすると、乾いたアスファルトのコールタールが混じった香がしてきた。
ちょっと重たい目のキャンティのワインでも飲みたい気分になってくる。
今夜は一人で胡桃でもつまみながら、友達に借りた『スモーク』のDVDでも見ながら楽しもう。