46 甘い裏切り
イタリア製の漆喰をわざと荒々しく使ってある白い壁。
天井は赤みがかった茶色の土佐和紙で、埋め込んであるライトのせいで
壁に薄い赤い色が反射して少しエロチックな影を作る。
真っ黒な漆の低めのサイドボードには、アジアの香りがする敷物の上に備前焼らしい香炉が置いてあった。
サクラのフローリングに、やはり黒い漆塗りのテーブル。
大きめにしつらえられた窓からは、民家にしては広い庭が見渡せる。
竹が涼しげに何本か植えられていて、その横には小さなつくばいがある。
やっと夜に近づいて、山から吹き始めた風で竹が揺れている。
ここはまるで隠れ家のような普通の住宅、といってもある社長の別宅らしいのだが
それを改造した予約制の茶屋=カフェ。
桧垣とカオリは、今夜は珍しくノンアルコールの夜にしようと思い立ち、前から行きたかったこの店に予約を入れた。
本当に看板もなく、モダンな数奇屋風建築の住宅でインターホンを押して玄関のドアを開ける。
通された部屋は和と洋が無理なくとけあった部屋で落ち着いた。
二人は抹茶を注文する。
桧垣には備前の器で、カオリには美しい瑠璃色のガラスの器でお薄の抹茶が出された。
虎屋の羊羹、水の流れのような薄いブルーが真っ黒の中に映える。
ずっしりとした甘さが、体の中に巡る。
心地よいハーモニー。
静かだった。
竹の枝が、まだ揺れている。
優しい風が吹いている。
音楽も流れていない静けさの中で、二人はしばらくお茶を楽しむ。
器に残る抹茶の模様をカオリはみつめていた。
流れる。
時間も流れる。
思いも流れる。
今、カオリの心も静かに流れている。