32 I Wish Your Love 6
「会いたい。」
朝の9時、徳永からの電話。
「今、起きたばかりだわ。1時間は必要よ。」
「素顔でもいいじゃない。」
「だめ。あなたに会えない。きれいだねって言ってほしいもの。」
「わかったよ。1時間後に、いつもの場所に迎えに行くよ。」
アユミはフルスロットルで準備を始める。
だめ、だめ、昨夜はワインを一人で半分も開けたから顔がむくんでいるわ。
シャワーを浴びて、髪をブローしてベースメイクを念入りにする。
あと30分しかない。
それでも不思議に、約束時間に10分ほどオーバーした程度で準備は完了。
モルガンの体に沿うジャージー素材のスカートに迷彩柄のカットソーをあわせた。
徳永の待つ場所が見えないところまで小走りで行って、彼が見えそうなところからはわざとゆっくり歩く。
「おはよう。」
徳永はミニの窓を全開にして待っていた。
「どこに行くの?」
「山」
「何しに?」
「緑のシャワーの中で君と抱き合うため。」
「涼しいかな~?」
「それに、いい香がすると思うよ。君は疲れているみたいだから、緑がいいと思ったんだ。」
徳永はコンビニでコーヒーを買ってくれていた。
それとハムとチーズのパニーニ。
まだ、あったかい。
それとアプティスプマンテ。
冷たい。
「山で飲もう。」
車はゆるやかな坂を昇っていく。
上がっていくごとに、少しずつ道は細くなり、気温も下がっていく。
とうとう離合できないような細い道になった。
小さなお寺があって、管理人のような人が草抜きをしていた。
「ちょっと待っていて。」
線香らしき束を持って、徳永が車を降りる。
「一緒に行く?」
「行かないわ。だって、わたしはあなたの家族ではないもの。」
徳永の足音を聞きながら、背もたれに思いっきり体をもたれかけて、アユミは目を閉じた。
こんな感じ、嫌いではない。
とても親しいのに、とても遠い距離があると感じる寂しい瞬間。
だから、もっと愛してほしいと思えるから。
くちなしの香りがした。
甘く切ない夢の香り。